もう一人の支え

先日、懐かしのメロディーを観ていたら、ピンキ―が恋の季節を歌っていました。
それを観ていたら、あなたが小さい時ピンキ―の真似をして、歌ったり踊ったりしていた事を思い出し急に涙が出て来ました。あの頃は、皆若く、母もいて毎日賑やかでたのしい日々でした。
a0161409_22261841.jpg

ハワイに住んでいる、私のもう一人の伯母が喜寿を迎え、皆さんから祝福を受けたとのお便りからの一文です。

毎年、ハワイで再会し、昨年は初めて伯父抜き、子無しの2人きりで、モアナサーフライダーホテルのAfternoon Teaでゆっくりおしゃべりしてきました。
いつか座ってみたいと思っていた、1番海側の特等席が予約でき、あの海の色は忘れられない青さです。
喜寿という、おめでたい年を共にお祝い出来なかった事は、とても残念です。

私がアメリカという国を知ったのは、いつだったろうと思い返す時。
洋楽のLP盤をかけ、英会話の勉強をしている若き日の伯母が蘇って来ます。

その光景は、アメリカ人の伯父との結婚の為、家を出るまでの私の日常でした。

伯母夫妻が住んでいたプール付きのマンションや、後に移ったメゾネットの家。
それは、まさしくアメリカ!!で、東京にいながら、アメリカの香りがしていました。

大きなクリスマスツリ―、独立記念日のパーティーと言えば、今ではもう飽き気味のBBQやホットドックが、当時中学生だった私には驚きだったものです。

それから月日は流れ、私の渡米と前後し、引退した伯母夫妻は、ハワイへと移住しました。
私が、何故アメリカ生活に不安なくスタート出来たのか?

ハワイに伯母がいてくれる事は、今も大きな心の支えです。
たとえばThanksgivingのタ―キ―を焼くことも、料理上手な伯母に聞けば、即美味しいグレービーソースの作り方まで教えてくれます。

自宅でお客様をもてなす事やクリスマスプレゼントの諸々、ワイフとしての務めだった伯母の存在は、私のアメリカ生活の鬼に金棒です。

喜寿は共にお祝い出来なかったけれど、米寿は必ずハワイへお祝いに行きますから、それまで私を支え続けて下さい。お願いします。
[PR]

by hana-as426 | 2010-09-04 23:13 | ボストン | Comments(0)  

<< 父娘2人旅 以心伝心 >>